ゲイランを歩く│名物ビーフンと、シンガポールらしくない一角
※本記事は2026年8月時点の情報に基づいています。営業時間・価格・街の様子は変わる場合があります。最新情報は各公式サイト等でご確認ください。
シンガポールに住んでいると、ガイドブックに載っている場所はだいたい行き尽くします。ラッフルズ・プレイス(Raffles Place)もタンジョン・パガー(Tanjong Pagar)も、もう何度も歩きました。そこで今回は、これまで足を向けていなかったゲイラン(Geylang)へ行ってみました。
ゲイランは、シンガポールで数少ない「指定歓楽街(Designated Red-light Area)」を抱えるエリアとして知られています。同時に、地元の人が本気で食べに行くローカル飯の激戦区でもあります。今回は駅を出て、まず有名店で晩ご飯を食べ、それから通りを歩いてみました。
まずはアクセス│アルジュニード駅(Aljunied)から歩き出す

ここが今回の起点です。
ゲイランの最寄りは、MRT東西線(East West Line)のアルジュニード駅(Aljunied、EW9)です。シティホール(City Hall)から3駅、チャンギ空港(Changi Airport)方面からも一本で来られます。駅の住所自体が「81 Lorong 25 Geylang」で、改札を出るとすぐゲイラン・ロード(Geylang Road)に出ます。

夕方は人が思い思いに座っています。

歓楽街のイメージが先行しがちですが、宗教施設が驚くほど多い街でもあります。
ここで最初の印象を書いておくと、平日の夕方でも人がとにかく多いです。仕事帰りらしき人、自転車を停めて座り込んでいる人、芝生で輪になって話している人。オーチャード(Orchard Road)やCBD(中央業務地区)の整然とした人の流れとはまったく質が違いました。
目当ては「JB Ah Meng」のサンローミーフン

今回の目当ては、ゲイラン・ロード沿いにあるJB Ah Meng(新山亜明/ジェイビー・アー・メン)です。ゼチャー(Zi Char、煮炒)と呼ばれる、中華の一品料理を注文して取り分けるスタイルの店で、2016年版のミシュランガイド・シンガポール(MICHELIN Guide Singapore)でビブグルマン(Bib Gourmand)に選ばれています。その後のリストからは外れていますが、地元での知名度は落ちていません。

左手には「米其林」(ミシュラン)とフェラン・アドリア(Ferran Adrià)の名前も。
店内は壁という壁に記事の切り抜きと写真が貼られていて、正直かなりうるさい内装です。ただ、これがこの手のローカル店の「実績の見せ方」なのだと思うと納得感があります。夜が更けるほど混むタイプの店です。
看板メニューは「三楼米粉」

小9ドル、中14ドル、大18ドルの3サイズです。
看板メニューはサンローミーフン(San Lou Mee Hoon、三楼米粉)。マレーシアのジョホールバル(Johor Bahru、略してJB)にあった店の味が原型とされ、店名の「JB」もそこから来ています。ビーフン(米粉、ライスヌードル)を強火の中華鍋で炒め上げた一皿で、価格は小9シンガポールドル、中14ドル、大18ドルの3サイズでした。

皿いっぱいに、驚くほど薄く広がって出てきます。
実際に食べてみる│薄い、でもパリパリではない
まず見た目に驚きました。とにかく薄い。皿の上に麺が層をつくらず、ほぼ一枚の円盤のように広がっています。この薄さなら、焼きそばの底の焦げみたいにパリパリしているのだろうと思って口に運んだのですが、そうでもありませんでした。

実際は、割とふんわりしています。端のほうにわずかに香ばしい歯触りがある程度で、全体としては軽い口当たりでした。そして味が面白い。ソースの味は濃くありません。醤油やオイスターソースで押し切るタイプではなく、シーフードの旨味がじんわり効いていて、それが麺全体に染みています。濃い味に慣れた舌だと最初は物足りなく感じるかもしれませんが、食べ進めるほど手が止まらなくなる方向の美味しさでした。

薬味は2種類。味変が効く

薬味は2種類つきます。赤いほうは素直に辛いチリソースで、麺のやさしい味を一気に引き締めてくれます。もう一方は酸っぱい系で、こちらは味変に効きます。ずっと同じ味だと後半に飽きが来る量なので、途中でこの2つを使い分けると最後まで楽しめました。
一人なら「小」で十分
今回は小(9ドル)を頼みましたが、一人ならこのサイズで足ります。むしろ他の料理も試すつもりなら、小でちょうどいいくらいです。周りを見ると、自分以外はほぼ全員が数名のグループでした。テーブルに何皿も並べて、ビールを開けている人たちも多い。ここで一杯やってから歓楽街へ流れる、という使い方をしている人もいるのだろうな、と思いながら食べていました。
通りを歩く│24時間営業とホテルだらけの街
食後、ゲイラン・ロードを西へ向かって歩きました。ゲイランの街の構造はとてもわかりやすくて、幹線道路であるゲイラン・ロードから、南北に「ロロン(Lorong、マレー語で「小路」)」と呼ばれる細い道が櫛の歯のように伸びています。番号は1から44まであり、偶数のロロンが北側、奇数のロロンが南側です。



看板はKTV(カラオケラウンジ)、美容室、両替商が中心。
ここはシンガポールで最も食べ物が濃いエリアのひとつでもあります。フロッグポリッジ(Frog Porridge、田鶏粥)、ドリアン(Durian)の専門店、ビーフンやチキンライスの老舗が、深夜まで、あるいは24時間開いています。

「十八巷鶏飯(Lorong 18 Chicken Rice)」の屋台が入っています。

インド系ムスリム料理とタイのシーフードを同じ店で出しています。
宗教施設の密度も特徴的です。中華寺院、モスク、キリスト教会、ヒンドゥー寺院が、歓楽街と同じ通りに並んで建っています。この混在ぶりこそがゲイランらしさだと思いました。

奥にモスクのミナレット(尖塔)が見えます。
歓楽街のあたりまで来て、引き返した


ロロンの奥に入っていくと、街の顔がはっきり変わります。ホテルの数が異常に多い。そして、建物の中がピンク色のライトで照らされ、そこに大勢の女性がいるという光景が、通りに面してそのまま存在しています。

この一角の写真はありません。異様な空気に加えて、歩いていると客引きが次々に声をかけてくるので、カメラを構えられる雰囲気ではありませんでした。歓楽街そのものの中には入らず、外周を歩いて引き返しています。
ここから先の描写を期待して読んでくださっている方には申し訳ないのですが、そういう内容を専門にしているブログはいくらでもあるので、そちらに譲ります(笑)。このブログはまじめな路線なので、代わりに制度の話と、選挙の話を書いておきます。
あの光景が「なぜ堂々と存在できるのか」だけ、簡単に触れておきます。シンガポールでは売春そのものは一律に犯罪とはされていません。一方で、公共の場での客引きは軽微犯罪(公共秩序及び迷惑行為)法(Miscellaneous Offences (Public Order and Nuisance) Act)違反であり、斡旋・売春宿の経営・売春による収入で生活することは女性憲章(Women's Charter)上の犯罪です。そのうえで、ゲイランなど一部の地区が「指定歓楽街(Designated Red-light Area)」とされ、警察の管理下で一定の営業が事実上黙認されています。
つまり、全面禁止でも全面合法でもなく、区域を限って封じ込めるという設計になっている、ということです。
街の印象│ここだけシンガポールではない
歩いていて一番驚いたのは、実は歓楽街そのものではなく、ゴミがいっぱい落ちていることでした。シンガポールでポイ捨てが厳しく取り締まられているのは有名な話ですが、ゲイランのロロンには紙くずや飲食物の残りが普通に落ちています。他の地区では、まず見かけない光景です。
治安についても、他のエリアと同じ感覚ではいられない雰囲気がありました。実際の犯罪統計を確認したわけではないので「治安が悪い」と断定はしませんが、夜のオーチャードを歩くときの気楽さはありません。路上での声かけがある時点で、他の地区とは別のルールで動いている場所だということは分かります。
まじめな話│「アルジュニード」という名前と選挙区のズレ
実は、今回ゲイランに行こうと思った動機はもうひとつありました。「アルジュニード」という駅名です。シンガポールの選挙に少しでも関心があると、この名前は特別な意味を持って聞こえます。
シンガポールにはGRC(Group Representation Constituency、集選挙区)という独特の制度があります。1988年に導入されたもので、複数の議席を政党のチーム単位でまとめて争い、チームには必ず少数民族の候補者を含めなければならない仕組みです。1チームで4〜5議席をまとめて取る形になるため、体力のない野党にとっては極めて高いハードルでした。
その壁を最初に破ったのがアルジュニードGRC(Aljunied GRC)です。2011年の総選挙で労働者党(Workers' Party、WP)が54.72%を得票し、当時の外相ジョージ・ヨー(George Yeo)が率いた与党・人民行動党(People's Action Party、PAP)のチームを破りました。GRC制度の導入以来、野党がGRCを制した初めての例です。労働者党はその後も議席を守り続け、2025年の総選挙では59.68%で4期連続の勝利を収めています。
それで「アルジュニードとはどんな場所なのだろう」と歩いてみたわけですが、ここで前提が崩れました。アルジュニード駅の周辺は、アルジュニードGRCではありません。
駅名も選挙区名も、19世紀のアラブ系商人サイード・アルジュニードに由来します。ただし指している場所が違う。しかも区割りは選挙のたびに見直されるので、地名の感覚で選挙区を推測すると外れます(現在の区割りはシンガポール選挙管理局(Elections Department Singapore)のGE2025選挙区マップで確認できます)。
歩いてみて初めて自分の前提が間違っていたと分かったという点で、これはこれで収穫でした。
それでも、行ってよかったと思う理由
ゲイランは、観光で来た人に積極的におすすめする場所ではありません。目的が「サンローミーフンを食べること」なら胸を張って推せますが、歓楽街の見物が目的なら、やめておいたほうがいいと思います。
それでも自分が行ってよかったと思うのは、その国の制度は、きれいな場所だけを見ていても分からないからです。シンガポールは「クリーンで安全で厳格な国」という一枚の絵で語られがちですが、その厳格さは、こういう区域を設計して押し込めることとセットで成り立っています。マリーナベイの夜景と、ゲイランのロロンのピンクの光は、同じ政策思想の裏表なのだと気づきました。
まとめ
- アルジュニード駅から徒歩圏。ゲイラン・ロードから南北にロロン(小路)が伸びる、わかりやすい街の構造
- JB Ah Mengのサンローミーフンは、驚くほど薄いのにふんわり。味は濃くなく、シーフードの旨味で食べさせるタイプ
- 薬味は辛いチリと酸っぱい漬物系の2種類。後半の味変に効く。一人なら小サイズで足りる
- 「アルジュニード駅=アルジュニードGRC」ではない。駅名と選挙区名は同じ由来でも指す場所が違う
- 売春そのものは一律禁止ではないが、客引き・斡旋・売春宿の経営は犯罪。区域を限って封じ込める設計になっている
- ゴミの多さや路上の声かけなど、他の地区とは明確に違う。食事目的なら価値は高いが、無理に奥まで入る必要はない
