フレックスタイム制の労使協定の注意点│協定なしで運用したときの残業代リスクと過半数代表者の選び方(後編)

フレックスタイム制は、就業規則等の定めと労使協定の両方がそろって初めて成立します。前編では、フレックスタイム制が向く場面、変形労働時間制との違い、導入の要件と労使協定のサンプルを整理しました。

後編では、実務でとくに問題になりやすい労使協定の注意点として、協定を結ばずに運用した場合の残業代リスクと、協定の相手方となる過半数代表者の選び方を取り上げます。あわせて、導入後の運用で間違えやすい点も確認します。

とくに注意したい労使協定

就業規則だけでは導入できない

フレックスタイム制の要件は「就業規則等の定め」と「労使協定」の2つで、どちらか一方では足りません。1か月単位の変形労働時間制は就業規則だけで導入できる(労働基準法32条の2第1項)ため、同じ感覚でフレックスタイム制も就業規則の改定だけで済ませてしまう例がありますが、条文の構造が違います。

労使協定を結ばずに運用した場合のリスク

労使協定を欠いたまま、フレックスタイム制のつもりで運用していた場合はどうなるでしょうか。32条の3による例外の要件を満たさないので、原則どおり1日8時間・1週40時間の法定労働時間(労働基準法32条)で時間外労働を判断することになります。会社としては「清算期間の枠内に収まっているから残業はない」と考えていても、法的には1日8時間を超えた部分、1週40時間を超えた部分が、その都度残業(時間外労働)として扱われるということです。日々の時間配分を本人に任せていたので、長く働いた日と早く帰った日を相殺することもできません。

対象者の人数と運用期間が積み重なるほど、影響は大きくなり、次のようなリスクにつながります。

  • 未払残業代の請求:賃金請求権の消滅時効は当分の間3年とされているため(労働基準法115条・143条3項)、過去3年分をまとめて請求されるおそれがあります。
  • 付加金:訴訟になると、裁判所は未払の割増賃金に加えて、これと同一額の付加金の支払を命じることができます(同法114条)。最大で未払額の2倍を支払うことになりかねません。
  • 退職後に請求された場合の遅延利息:未払残業代は、退職した後に請求されることもあります。退職した労働者の未払賃金には、原則として退職日の翌日から年14.6%の遅延利息が付き(賃金の支払の確保等に関する法律6条1項、同法施行令1条。天災地変などやむを得ない事由による例外があります)、在職中の未払賃金に付く法定利率(民法404条)による遅延損害金より重くなります。
  • 月60時間超の割増率:日ごとの超過が積み上がって月60時間を超えると、その部分の割増率は50%以上になります(労働基準法37条1項ただし書)。
  • 36協定の上限超過と刑事罰:日々の超過がすべて時間外労働として数えられるので、36協定の上限を想定外に超えてしまうことがあります。36協定がない、または上限を超えて働かせた場合は法定労働時間の違反(同法32条)となり、割増賃金の不払(同法37条)とともに、6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金の対象になり得ます(同法119条1号)。
  • 労働基準監督署の是正勧告:調査で協定がないことが分かれば、制度の是正とあわせて、未払の割増賃金の支払を求められます。

「就業規則にフレックスタイム制と書いてあるから大丈夫」と考えて何年も運用し、退職者から残業代を請求されて初めて協定がないことに気づく、という事態も考えられます。また、協定書があっても、次に述べる過半数代表者の選び方に問題があって協定が無効とされれば、協定がない場合と同じ結果になります。

協定の相手方を正しく選ぶ

労働者の過半数で組織する労働組合がない事業場では、労働者の過半数を代表する者と協定を結びます。この過半数代表者は、①管理監督者でないこと、②協定を結ぶ者を選ぶことを明らかにしたうえで、投票や挙手などの方法で選ばれた者であって、使用者の意向で選ばれた者でないこと、という要件を満たさなければなりません(労働基準法施行規則6条の2第1項)。会社が指名した人や、親睦会の代表者がそのまま署名している協定は、この要件を満たさないおそれがあります。

協定は事業場ごとに結び、周知する

労使協定は「当該事業場」ごとに結ぶものです(労働基準法32条の3第1項)。本社で協定を結んでも、別の事業場である支店や工場には及ばないので、フレックスタイム制を適用する事業場ごとに締結します。締結した協定は、掲示や書面の交付、社内のイントラネットへの掲載などの方法で、労働者に周知しなければなりません(同法106条1項)。

導入後の運用で間違えやすい点

  • 労働時間の把握義務はなくならない:時刻の決定を任せても、会社は各労働者の各日の労働時間を把握しなければなりません。在宅勤務の日も同じです(厚生労働省「労働時間の算定」)。
  • 超過分は翌期に繰り越せない:清算期間の総労働時間を超えて働いた分を翌期の労働時間に充当することは、賃金全額払いの原則(労働基準法24条)に反し許されません。一方、不足分については、翌期の総労働時間に加えても法定労働時間の総枠内に収まる範囲で繰り越す方法と、不足分の賃金を控除する方法があります。どちらによるか、繰り越す場合の上限を何時間とするかは、就業規則や賃金規程であらかじめ定めておくべきです(厚生労働省「フレックスタイム制:多様で柔軟な働き方」)。
  • 36協定は別に必要:清算期間の総枠を超えて働かせることがあるなら、フレックスタイム制の協定とは別に、36協定の締結と届出が必要です(労働基準法36条1項)。フレックスタイム制では1日単位で時間外労働を判断しないので、36協定では1日の延長時間を定めず、1か月と1年の延長時間を定める扱いです(前掲厚生労働省「フレックスタイム制:多様で柔軟な働き方」)。延長時間の上限は原則として月45時間・年360時間で、これを超えるには特別条項が必要です(同条3項〜5項)。特別条項があっても、時間外労働と休日労働の合計は月100時間未満、2〜6か月の平均で80時間以内に抑えなければなりません(同条6項2号・3号)。
  • 休憩の与え方:フレックスタイム制でも、1日の労働時間が6時間を超えるなら45分以上、8時間を超えるなら1時間以上の休憩が必要で、原則として一斉に与えなければなりません(労働基準法34条1項・2項)。コアタイムの中に休憩時間を置くか、労使協定で一斉休憩の原則を外したうえで、休憩を取る時間帯を本人に委ねる設計が考えられます。
  • 深夜・休日の割増は別:フレックスタイム制でも、午後10時から午前5時までの深夜労働や法定休日の労働には、それぞれ割増賃金が必要です(労働基準法37条)。
  • 完全週休2日制での総枠不足:週5日・1日8時間で働くと、曜日の巡りによっては清算期間の法定労働時間の総枠を超えてしまうことがあります。そこで、週の所定労働日数が5日の労働者については、労使協定により「清算期間の所定労働日数×8時間」を総枠とすることができます(労働基準法32条の3第3項)。
  • 清算期間の途中で入社・退職した人:清算期間が1か月を超える場合、実際に働いた期間を平均して週40時間を超えた分には、割増賃金を支払う必要があります(労働基準法32条の3の2)。

まとめ

  • フレックスタイム制は、就業規則等の定めと労使協定の両方がなければ成立しません。
  • 労使協定がないと、1日8時間・1週40時間を超えた部分がその都度残業として扱われ、未払残業代、付加金、遅延利息、刑事罰のリスクを負います。
  • 協定の相手方である過半数代表者の選び方を誤ると、協定の効力が否定されるおそれがあります。
  • 協定は事業場ごとに結び、労働者に周知します。
  • 導入後も、労働時間の把握、超過時間を翌期に繰り越さない扱い、36協定の締結と届出が必要です。

※本記事は2026年9月時点の情報に基づいています。最新情報は各公式サイト等でご確認ください。

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