遺言書を作ることで避けられる5つのトラブル│分割協議・凍結された預金・疎遠な親族との交渉

相続が始まって最初に困るのは、たいてい手続のほうです。葬儀費用を払おうとしたら口座が動かない。自宅を売ろうにも相続人全員の署名が必要になる。会ったことのない甥から連絡が来る。

いずれも、遺言書があれば起きなかったことです。何が起きて、遺言書のどの部分がそれを消すのかを、条文に沿って見ていきます。

① 遺産分割協議が、始められない・まとまらない

相続人が複数いると、相続財産はいったん共有になります(民法898条1項)。法定相続分は割合を定めるだけなので、どの不動産を誰が取り、どの口座を誰が取るかまでは決まりません。それを決めるのが遺産分割の協議で、相続人全員の合意が要件です(民法907条1項)。整わなければ家庭裁判所の調停・審判に進みます(同条2項)。

この「全員」という条件が、仲の良し悪しとは関係なく手続を止めます。相続人の一人が判断能力を失っていれば、家庭裁判所で成年後見人を選任するところから始まります。後見人は本人の財産を守る立場なので、法定相続分を下回る分割には応じられません。行方不明の相続人がいれば、不在者財産管理人の選任が先に必要になります(民法25条1項)。

遺言があれば、この協議自体がありません。

② 預貯金が凍結されたまま動かない

最高裁大法廷平成28年12月19日決定(民集70巻8号1497頁)は、普通預金債権等は相続開始により当然に分割されることはなく、遺産分割の対象になるとしました。遺産分割が終わるまで、相続人が単独で払戻しを受けることは原則としてできません。

葬儀費用や当面の生活費のために、遺産分割前の払戻し制度は用意されています。相続開始時の債権額の3分の1にその相続人の相続分を乗じた額まで単独で権利行使ができますが、金融機関ごとに上限があり、150万円までです(民法909条の2、民法第909条の2に規定する法務省令で定める額を定める省令)。入院費の精算や相続税の納税資金をここから出すことはできません。

遺言で預貯金を特定の相続人に承継させ、あわせて遺言執行者を指定しておけば、この段階で止まりません。遺言執行者は、遺言で承継させた預貯金について、払戻しの請求や解約の申入れをすることができます(民法1014条3項)。

③ 連絡を取ったことのない親族や、不仲の親族と交渉することになる

誰が相続人になるかは民法が決めていて、生前の付き合いとは関係がありません。配偶者は常に相続人になり、これに子が加わります。子がいなければ親、親もいなければ兄弟姉妹です(民法887条から890条まで)。兄弟姉妹が先に亡くなっていれば、その子である甥や姪が代わりに相続人になります(民法889条2項)。

何十年も連絡を取っていない相手でも、かつて揉めて疎遠になった相手でも、相続人である以上、分け方の合意を取り付ける必要があります。相手が複数いれば、その全員からです。

典型的なのが、子のいない夫婦です。配偶者は、住んでいる自宅を含むすべての財産について、義理の兄弟姉妹や甥姪と協議することになります。相手の住所を調べ、連絡を取り、書面を送り、実印をもらう。その全部を、配偶者を亡くした直後にやることになります。

遺言で分け方を決めておけば、この協議は必要ありません。相手が誰であれ、合意を取り付ける場面自体がなくなります。

④ 相続人以外の人に、何も残せない

内縁のパートナー、介護を担ってきた子の配偶者、世話になった知人、支援したい団体。法定相続のルールに彼らは登場しません。遺言がなければ、どれだけ関係が深くても1円も渡りません。

遺言者は、包括または特定の名義で、その財産の全部または一部を処分することができます(民法964条)。これが遺贈で、相続人以外に財産を渡す手段はこれしかありません。

⑤ 登記や解約のたびに、相続人全員の協力が必要となる

分け方が決まっても、手続はそこから始まります。不動産の名義変更、預貯金の解約、証券口座の移管。金融機関や法務局の窓口では、そのつど相続人全員の印鑑証明書と実印を求められるのが通常で、一人が海外にいればサイン証明の取得で往復に時間がかかります。

遺言執行者を指定しておけば、この負担が消えます(民法1006条1項)。遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有し(民法1012条1項)、遺贈の履行は遺言執行者のみが行うことができます(同条2項)。遺言で特定の財産を特定の相続人に承継させている場合には、登記などの対抗要件を備えるために必要な行為もできます(民法1014条2項)。

※本記事は2026年9月時点の情報に基づいています。最新情報は各公式サイト等でご確認ください。

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