シンガポールの雇用法入門(後編)│雇用契約書のKETs18項目と、秘密保持・競業避止・個人情報の条項
※本記事は2026年9月時点の情報に基づいています。最新情報は各公式サイト等でご確認ください。
シンガポールの雇用ルールを前後編で整理しています。前編では、外国人が働くための就労パス(EP・S Pass・Work Permit)と例外のLOC、そして労働時間・休日・残業の規制(雇用法Part IV)を扱いました。
後編である本記事のテーマは、雇用契約書です。シンガポールでは、雇用の主要条件(KETs)を勤務開始から14日以内に書面で渡す義務があります。もっとも、KETsに書くよう求められているのは最低限の労働条件で、会社の情報や顧客を守る条項は含まれていません。前半でKETsの18項目と関連する書面の義務を、後半で契約に入れておきたい秘密保持・競業避止・個人情報の条項を整理します。
雇用契約書│主要雇用条件(KETs)18項目を14日以内に書面で
シンガポールでは、雇用契約は口頭でも成立します。そのうえで雇用法は、雇用主に対し、主要雇用条件(Key Employment Terms、KETs)を記載した書面を、勤務開始日から14日以内に従業員に渡すよう義務づけています(雇用法95A条2項)。対象は、2016年4月1日以降に雇用契約を結び、契約期間が継続して14日以上の従業員です。実際に働いた日数ではなく、契約期間で判断します(同条1項、2016年規則6条1項)。Part IVの対象かどうかは関係なく、雇用法の対象であれば管理職・専門職も含まれます。
書面は紙に限らず、従業員が後から見返せる電子データや、従業員がアクセスできる社内サイトへの掲載でもかまいません(同条3項)。記載が不完全・不正確な場合も、交付義務を果たしていないものとして扱われます(同条5項)。
MOMが示すKETsの18項目は次のとおりです。該当しない項目は省略でき、残業代の対象にならない管理職・専門職については11と12の記載は要りません。
- 雇用主の正式名称
- 従業員の氏名
- 職位、主な職務と責任
- 雇用開始日
- 雇用期間(有期雇用の場合)
- 勤務形態(1日の勤務時間、週の勤務日数、休日)
- 給与期間
- 基本給(時給・日給・出来高払いの場合はその単価も)
- 固定手当
- 固定控除
- 残業代の支払期間(給与期間と異なる場合)
- 残業代の料率
- その他の給与関連項目(賞与、インセンティブなど)
- 休暇の種類(年次有給休暇、外来の病気休暇、入院休暇、出産休暇、育児休暇など)
- その他の医療給付(保険、医療・歯科の給付など)
- 試用期間
- 予告期間
- 勤務地(任意。雇用主の住所と異なる場合。記載が強く推奨されています)
MOMは、KETsのテンプレートとして、各項目の説明付きの様式(PDF)を公開しています。
KETsだけでは足りない│給与明細と雇用記録
書面の義務はKETsだけではありません。雇用主は、従業員ごとの雇用記録を作成・保存し(雇用法95条)、給与の支払いのたびに項目別の給与明細(itemised pay slip)を交付する必要があります(雇用法96条)。
KETsの外側で、契約に入れておきたい条項
KETsは雇用法が求める最低限の記載事項で、会社の情報や顧客を守るための条項は含まれていません。雇用契約書には、少なくとも次の3つを入れておくのが基本です。
秘密保持(confidentiality)
在職中の従業員は、雇用主に対してコモン・ロー上の忠実義務(duty of fidelity)を負うと考えられています。ただし、退職後まで含めてどの情報をどう扱うべきかは、契約に書いておかなければ争いになりやすいところです。秘密情報の範囲、目的外利用の禁止、退職時の返還・削除、退職後も義務が続くことを明記しておくのが基本になります。
競業避止(non-compete)
退職後に同業他社への転職や独立を制限する競業避止条項は、シンガポールでは原則として公序に反し無効とされます。ただし、①営業上の信用や機密情報など、競業避止を求める側の正当な利益を守るためのもので、②制限が当事者間で合理的な範囲にとどまり、③公共の利益に反しない場合には、有効と認められることがあります(Man Financial (S) Pte Ltd v Wong Bark Chuan David [2007] SGCA 53)。どこまでの制限が認められるかは裁判例の積み重ねによるので、この点は機会があれば別の記事でまとめたいと思います。
個人情報(PDPA)
シンガポールの個人情報保護法(Personal Data Protection Act 2012、PDPA)は、従業員の個人情報にも適用されます。個人情報の収集・利用・開示には本人の同意が必要というのが原則ですが(PDPA13条)、雇用関係には特則があります。雇用関係を結ぶため、または雇用関係を管理・終了するために合理的な範囲での収集・利用・開示であれば、同意は不要です(PDPA第1附則(First Schedule)第3部10項)。もっとも、同意が不要でも、雇用主は収集・利用・開示の目的を従業員へ通知する必要があります。雇用関係の範囲を超える場合は、原則どおり本人の同意が必要です。
雇用管理の範囲を超える利用、たとえば従業員の写真を会社の広告に使う、雇用管理と関係のない目的でグループ外の第三者に提供するといった場合には、原則どおり同意が必要になります。日系企業で見落としやすいのが、日本本社への人事情報の共有です。個人情報を国外に移転する場合は、PDPAと同等の保護水準を確保することが求められるので(PDPA26条1項)、グループ内のデータ移転契約などで手当てしておくことが考えられます。あわせて、PDPAの遵守に責任を持つ担当者(Data Protection Officer、DPO)を置くことも義務です(PDPA11条3項)。
まとめ
- KETs18項目は、勤務開始から14日以内に書面で渡す。Part IVの対象かどうかは関係なく、管理職・専門職も対象
- 書面の義務はKETsだけではない。項目別の給与明細の交付と、雇用記録の作成・保存も必要
- 秘密保持・競業避止・個人情報の条項はKETsに含まれないので、雇用契約書で別に手当てする
- 競業避止は原則として無効で、正当な利益と合理的な範囲がある場合に限り有効
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※本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に関する法的助言ではありません。

