EU在住・EU資産保有の日本人が知っておくべきEU相続規則——基礎から解説

※本記事は2026年10月時点の情報に基づいています。最新情報は各公式サイト等でご確認ください。

グローバル化が進む現代、ドイツ・フランス・スペインといったEU加盟国に不動産を所有する日本人や、仕事・家族の都合でEUに長期滞在する日本人は決して珍しくありません。そのような方にとって見過ごせないのが、「EU相続規則」です。

たとえば、こんなケースを考えてみましょう。

【事例①】

東京出身の弁護士・田中さん(仮名)は、ドイツ・ベルリンに10年居住し、現地のマンションを所有している。フランスに別荘もある。田中さんが遺言を残さずベルリンで亡くなった場合、相続はどの国の法律に従って処理されるのか?

こうした国際相続の場面を規律するのがEU相続規則です。本記事では、この規則の基本的な枠組みと、日本人が実務上おさえておくべきポイントを解説します。

1. EU相続規則とは

EU相続規則は、2012年7月4日にストラスブールで採択されたEU規則です。2015年8月17日以降に死亡した者の相続に適用されます。

この規則は、国をまたぐ相続について以下を統一的に定めています。

  • どの裁判所が管轄を持つか(裁判管轄)
  • どの国の法律が適用されるか(準拠法)
  • 加盟国間で判決・証書をどう承認・執行するか
  • 欧州相続証明書(ECS)の活用

特に準拠法に関するルールは実務上の重要度が高く、どこの国の法律で相続が処理されるかが変わるだけで、相続人の範囲・遺留分・遺産分割のやり方が大きく異なります。

2. どの国に適用されるか

この規則は原則としてEU加盟国全体に適用されますが、デンマーク・アイルランド・英国の3カ国は除外されています。英国はもともとオプトアウトで参加せず、その後2020年にEUを離脱しました。

したがって、ロンドンに不動産を持つ日本人の相続には本規則は適用されず、英国独自の国際私法(イングランド法・スコットランド法)が別途検討される点に注意が必要です。

3. 準拠法のルール——常居所地主義が原則

(1)原則:常居所(habitual residence)地の法律

相続準拠法の基本ルールは、「被相続人が死亡時に常居所を有していた国の法律」です。

【事例①の回答】

田中さんはベルリンに10年居住していたため、常居所はドイツにあると認定されます。遺言がない場合、相続準拠法はドイツ民法典(BGB)となり、ドイツ法に従って相続が処理されます。フランスの別荘についても、原則として同じドイツ法で一括処理されます。

「常居所」の認定にあたっては、滞在期間・頻度・理由・生活の基盤などが総合的に考慮されます。単なる旅行者や数週間の出張者は常居所ありとは認定されません。あくまで「密接かつ安定した結びつき(a close and stable connection)」が求められます。

(2)例外:「明らかにより密接な関連」がある場合

すべての事情から、死亡時の常居所地とは別の国と「明らかにより密接に関連(manifestly more closely connected)」している場合、その別の国の法律が準拠法となります。

【事例②】

鈴木さん(仮名)は長年日本で生活し、晩年の1年間だけスペインの介護施設に入居していた。日本に自宅・銀行口座・近親者がほぼすべて存在する。この場合、常居所は形式上スペインにあるが、「明らかにより密接な関連」は日本にあると判断される可能性があります。

ただし、このような例外は「明らかに(manifestly)」より密接な関連がある場合に限定されており、ハードルは高く設定されています。

(3)重要:準拠法は非加盟国(日本)の法律にもなりうる

EU相続規則が指定する準拠法はEU加盟国に限られません。常居所が日本にある場合、日本の民法が相続準拠法となりえます。また、EU加盟国の裁判所が日本法を準拠法として適用する場面も生じます。

4. 準拠法の選択——遺言で日本法を選べる

EU相続規則は、被相続人が自己の国籍国の法律を相続準拠法として選択できる準拠法選択の制度を定めています。日本国籍を持つ方は、適切な遺言によって日本民法を相続準拠法として明示的に選択することが可能です。

【事例③】

山田さん(仮名)はパリに居住し、フランス人と結婚している。日本の実家不動産とフランスの共有資産がある。山田さんが「自分の相続には日本法を適用する」旨を明記した遺言を作成した場合、EU加盟国の裁判所はその選択を尊重し、相続全体に日本民法を適用します。

この選択は相続の予測可能性を高める強力なツールです。EU加盟国に居住・資産保有する日本人は、準拠法選択を活用した遺言の作成を強く検討すべきです。ただし、この選択は遺言などの死因処分の形式で明示的に行う必要があります。

準拠法が支配する事項の範囲

いったん準拠法が決まると、その法律は相続の以下の事項を包括的に支配します。

  • 相続開始の原因・時期・場所
  • 相続人の範囲・各自の持分・相続権
  • 生存配偶者・パートナーの相続権
  • 遺留分(reserved shares)その他の制限
  • 相続放棄の手続き
  • 遺産分割の方法

日本法が準拠法になれば日本の遺留分ルールが適用されますが、フランス法が準拠法になればフランスの遺留分ルール(réserve héréditaire)が適用されます。その差は相続人によって非常に大きく異なります。

5. 裁判管轄

被相続人が死亡時に常居所を有していたEU加盟国の裁判所が、相続全体について管轄を持ちます。準拠法と管轄が一致するよう設計されているため、原則として管轄裁判所が自国法を適用することになります。

なお、準拠法の選択がなされていた場合、関係当事者はその加盟国の裁判所に専属管轄を合意することもできます。

6. 裁判の承認・執行

EU加盟国で行われた相続に関する裁判は、特別の手続を要することなく他の加盟国でも承認されます。他の加盟国での執行には執行許可宣言の取得が必要になりますが、手続は標準化されています。

ただし、公序違反・欠席裁判での防御不足・矛盾する判決の存在などの事由に該当する場合は承認・執行が拒否されます。

7. 欧州相続証明書(ECS)の活用

欧州相続証明書(European Certificate of Succession, ECS)は、相続人・受遺者・遺言執行者が他のEU加盟国で自己の地位・権利を証明するための書類です。

【事例④】

佐藤さん(仮名)はドイツに居住しており、ドイツ国内の銀行口座とスペインの別荘を保有していた。佐藤さんの死亡後、相続人がドイツの裁判所でECSを取得すると、スペインで別途の相続手続きを経なくとも、スペインの不動産登記の書き換えや口座処理が可能になります。

ECSはすべてのEU加盟国で特別な手続なしに効力を有し、記載内容は正確であると推定されます。使用は義務ではなく任意ですが、複数のEU加盟国に資産がある場合には手続きを大幅に簡略化できる強力なツールです。

8. 日本人が実務上おさえておくべきポイント

① 常居所の認定リスクに注意

EU加盟国での滞在が一定期間に及ぶと、「常居所」があると認定される可能性があります。特に長期赴任・移住の場合は早めに法律専門家に相談し、相続設計を見直すことが重要です。

② 遺言による準拠法の選択

EU加盟国に居住している日本人は、遺言に日本法を選択する旨を明記することで、相続の予測可能性を高めることができます。日本の相続ルール(民法)に馴染みがある場合はこの選択を検討してください。

③ デンマーク・アイルランド・英国は対象外

これら3カ国に不動産・資産を保有する場合は、EU相続規則ではなく各国の国際私法が別途適用されます。英国在住者については特に注意が必要です。

④ 複数のEU加盟国に資産がある場合はECSを活用

ECSを事前に把握し取得手続きを含めた相続設計を行うことで、残された相続人の手続き負担を大幅に軽減できます。

⑤ 租税・行政には適用されない

EU相続規則はあくまで民事相続の規律です。相続税や贈与税などの税務問題には適用されず、各国税法が別途適用されます。

おわりに

EU相続規則は、EU域内の国際相続の複雑さを大幅に簡略化した画期的な制度です。しかし、常居所の認定・準拠法の選択・ECSの活用など、実務的な判断が必要な局面は多く、専門家の助言が不可欠です。

EU加盟国との関わりを持つ日本人の方——EU在住・EU不動産保有・EU国籍の配偶者がいるケースなど——は、相続が生じる前にこの規則の基本的な枠組みを理解し、適切な準備をしておくことを強くお勧めします。

なお、本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の法律相談ではありません。具体的な法務・税務問題については、専門家へのご相談をお勧めします。

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